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延岡平野には、大きな用水路があちこちに通っている。現代の農業従事者が安心して農業を営むことができるのは、先人たちが苦労してつくった用水路というありがたい贈り物のおかげである。ふだん、何気なく通り過ぎてしまう道路の下には、こうした用水路が何本も通っている。その一つが延岡で最も規模の大きい「出北(いできた)用水」である。小嶋さんは、出北用水について、次のように書いている。
延岡に住んでいても「鹿越」(かごえ)の地名を聞くことは、めったにない。また、それがどこにあるのか知らない人も多い。鹿越は上三輪町の一部で、目の前は旧北方町。ここに上南方小学校の分校があった。通称「鹿越分校」である。小嶋さんは、戦後の一時期、ここで教鞭(きょうべん)をとった。その思い出を、次のようにつづっている。
南方古墳群は、全部で43基。昭和46年、西階総合開発に伴い1基消滅して42基になったが、後に1基発見されて追加になっている。昭和18年(1943)に国指定史跡になった。大貫町から西階(にししな)、野地、野田、天下、吉野、平田、舞野の各町にかけて点在しており、このうち最も多いのは天下町の12基。43基のうち前方後円墳は6基、横穴古墳2基、あとはすべて円墳。
延岡市は県内屈指の“古墳地帯”である。これまでに確認された数およそ300基。県内では西都原古墳群のある西都市に次いで多い。ただ、宅地開発などによって失われた古墳も多い。小嶋さんは、郷土の歴史研究にも心血を注ぎ、延岡市の市史編さんにも携わっている。近代史だけでなく、古代史にも興味を持ち、延岡市内あちこちの古墳を訪ね歩いている。野田の石棺もその一つ。その様子を次のように書いている。
お稲荷さんを祀る神社、いわゆる稲荷神社は全国に2万とも3万ともいわれるほど、いたるところに見られる。日本人に人気のある神で、ビルやデパートの屋上、個人の家などにある小さなお稲荷さんまで含めると、全国にどれだけあるか想像もつかない。
延岡の人でも「えびすが鼻」がどこにあるか知っている人は少ない。東海町(とうみまち)の川口(かわぐち)地区入口の常夜灯がある所といえば、「あそこなら知っちょる」という人が何人か出てくるだろうが、「えびすが鼻」という名前まで知っている人は、地元の人を除いてほとんどいない。
--前回から続く--
①の文中の野口雨情氏は、延岡に少なくとも4回は訪れている。延岡には友人の小嶋さんや権藤正行師(中央通の元光勝寺住職)らがいたし、コンビの一人だった作曲家・声楽家の権藤円立(えんりゅう)氏の出身地(光勝寺生まれ)でもあったからだ。
延岡に長年住んでいる人でも、千羽が崖(せんばがたき)の名を知っている人は少ない。しかし「あそこん見ゆる絶壁が千羽が崖じゃが」と教えれば、大方の延岡の人は「そん崖(がけ)なら知っちょる。でん、名前は知らんかった」と答えるハズ。東海山の緑に黄土色の岩肌がアクセントをつけている様は、延岡市街地からでも見ることができるからだ。
文豪・夏目漱石は、著書「坊ちゃん」の中で、「延岡といえば山の中も山の中・・・」と書いている。が、とんでもない。延岡のすぐ東は洋々たる日向灘。おかげで古くから海運業が盛んだった。五ケ瀬川や北川の上流域で産する木材、木炭、シイタケなどの山産物を、東海港などから積み出して主に大阪へ運んだ。