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県北百景 | 一覧

  • 「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(93)馬 市=番外編②=  (2010年3月12日)
    「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(93)馬 市=番外編②=

     明治・大正の競馬は、法によって「馬券」発売が禁止されていた。というのは、競馬にのめり込んで、身を持ち崩す人がたくさん出たからである。
     しかし、地方の競馬では法の網目をかいくぐるようにして「勝馬投票」と称し「券」を発行していた。実際には馬券と同じで、もちろん配当もあった。現在では、勝馬投票券のことを一般に馬券と呼んでいる。

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  • 「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(93)馬 市=番外編①=  (2010年3月3日)
    「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(93)馬 市=番外編①=

     戦前、延岡は競馬の盛んな町だった。いつごろから始まったのか正確な記録は残っていないが、明治中ごろには川原崎(現在の昭和町の一部も、当時は川原崎だった)の五ケ瀬川沿いに、200㍍ほどの直線コースがあったという。

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  • 「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(93)馬 市  (2010年2月26日)
    「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(93)馬 市

     わずか3、40前まで馬や牛が田畑を耕す姿が、日本中どこでもごく普通に見られた。中でも牛は、ほとんどの農家が飼っていた。しかし、耕運機やトラクターが普及すると、特に農耕馬は激減した。現在、延岡市で農耕馬を飼っている農家はほとんどない。軽種馬(サラブレッドやアラブ馬など)も、鷺島(さぎじま)の延岡乗馬クラブ以外では、まず見かけることはない。

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  • 「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(92)方財島=西南戦争余話⑥=  (2010年2月12日)
    「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(92)方財島=西南戦争余話⑥=

     西南戦争での延岡隊の死者は80人、今山公園(今山八幡宮社務所南側)にはその名前を刻んだ招魂碑がある。しかし、薩兵の命令に従わなかったり、戦いに巻き込まれて死亡したと思われる人などは含まれていない。

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  • 「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(92)方財島=西南戦争余話⑤=  (2010年2月6日)
    「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(92)方財島=西南戦争余話⑤=

     西南戦争では、薩摩の兵士に加えて、延岡、高鍋、飫肥、都城などの各隊も参戦している。これらは党薩諸隊といい、延岡隊は旧藩士で組織され、約250人が戦場の熊本に向かった。ほかに農兵ら合わせて約1400人が参加している。

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  • 「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(92)方財島=西南戦争余話④=  (2010年2月4日)
    「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(92)方財島=西南戦争余話④=

     カネと物資のない戦争は、実にあわれなものである。先の太平洋戦争がそうだし、西南戦争も例外ではなかった。薩軍の戦費は70万円余(西郷札を除く)に対し、官軍は5000万円ほど投入している。これでは土台話にならない。

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  • 「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(92)方財島=番外編・西南戦争余話③=  (2010年2月3日)
    「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(92)方財島=番外編・西南戦争余話③=

    小嶋さんが方財の老人から聞いた話の中に「東海方面に戦が移っていて(中略)、刀がきらきら光って、何ゃいらん、タチの魚を投げ散らかすごつありました」とある。
     「タチの魚」とは、太刀魚(たちうお)のことで、刀がきらきら光るのを、「タチの魚を投げ散らかすごつありました」という表現をしているところが、刀を振り回して戦う様子を見事に描写していておもしろい。

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  • 新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(92)方財島=番外編・西南戦争余話②=              (2010年2月2日)
    新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(92)方財島=番外編・西南戦争余話②=            

     老人の話の中で、方財に来た薩兵に、住民が食事を与えているが、薩兵はこうした接待を各地で受けている。方財では官軍が薩兵のすぐ後を追っており、薩兵を座敷に上げて食べさせる余裕などなかったはずで、おそらくおにぎりをパクッと加えて、すばやくお茶を飲み、お礼を言って立ち去ったことだろう。それは次の話からも、容易に想像できる。

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  • 「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(92)方財島=番外編・西南戦争余話①=  (2010年2月1日)
    「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(92)方財島=番外編・西南戦争余話①=

     延岡市方財小の元校長、故・小嶋政一郎さんの著書「方財島」に、興味深くおもしろい件(くだり)があるので紹介したい。小嶋さんは、昭和8年(1933)4月から13年3月まで同校の校長として勤務。その間に方財の古老から聞いた西南戦争の話を「方財島」に記した。文は短いが、西南戦争を実際に見た人のナマの声を記録した非常に貴重な資料である。

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  • 「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(92)方財島②  (2010年1月28日)
    「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(92)方財島②

     小嶋さんの執筆活動は、晩年まで衰えを知らなかった。遺作となったのは昭和51年(1976)5月に発行された「延岡百景 今と昔」だが、その前年には「方財島」(改訂版)を出版している。 方財島という非常に限られた地域の歴史・民俗・教育のことを、地元出身でもない人が、1冊の本にまとめあげるというのは、珍しいのではなかろうか。小嶋さんが、いかに方財島に愛着を持っておられたか察することができる。そこで、著書「方財島」の中から「低学年の護岸工事」の記述を紹介したい。

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