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延岡市の構口(かまえぐち)に、邪馬台国(やまたいこく)があったのではないか、という説があるのを、ご存知でしょうか。
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財団法人日本宇宙少年団(YAC・本部=神奈川県相模原市・松本零士本部長)の団長を務める宇宙飛行士・毛利衛さん(62)から、同少年団延岡分団(安東三郎団長)に、このほどサイン入りの色紙が届きました
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今から51年前の昭和34年(1959)1月24日に撮影された延岡市中心部です(延岡市都市計画課提供)。
まず写真左の大貫町一帯を見てください。建物がほとんどなく、田んぼが広がっていますね。大貫町は昭和30年3月までは南方村でしたから、合併4年後の姿ということになります。なんとまあ寂(さび)しいところだったんですね
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「鎖国」政策がとられていた江戸時代、密かにオランダへ渡った延岡人がいました。名は満石禎三郎(みついしさださぶろう)。人呼んで「オランダ 貞」(禎)。
禎三郎は天保3年(1832)、港町として栄えていた大武(現延岡市大武町)の商家(酢屋)に生まれました。幼名は治助。当時の日本は、オランダ、中国 (清)など限られた国としか交流がなく、海外渡航も禁じられていました。そんな時代に、いつかはオランダへ行って勉強したいと思っていました。
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前号に引き続き「これって、いつの写真なの?」。そう思いたくなるのも無理はありませんね。だって高千穂鉄道は、とっくに廃止されているのですから。でもこの写真、決して古いものではなく、最近撮ったものなのです。
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紅葉真っ盛りの五ケ瀬町。観光協会の小林由明事務局長から楽しいお便りが届きました。
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宮崎県庁の玄関前にある県内最古のフェニックスが枯死、5月21日に伐採、撤去されることになった。いやいや、延岡市にも県内最古クラスのフェニックスの巨木があることをご存知だろうか。
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延岡市野田町にズバな公園が完成、5月1日に開園式があった。その名も「野田第1街区公園」。チョッと四角四面のネーミングだが、行ってみてビックリ、とにかく広いのだ。
開園式のあいさつで、野田区の甲斐俊行区長は「日本一とは言わないが、宮崎県一だと思っている」と自画自賛しただけはある。
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県北各地でサクラが満開。延岡市だと城山、愛宕山、今山、旭化成東海工場、西小路通線など見どころがあちこちにある。どこも見ごたえはあるが、狭い範囲に“密生”しているのは、県北広しといえども、延岡市岡富公園墓地のソメイヨシノがナンバー1だろう=写真=。
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今年もサクラのトンネルができた。延岡の市道西小路通線、北新小路・上大瀬町の交差点から恒富町4丁目のJA延岡あたご支店前交差点までのサクラの街路樹が満開を迎えた。
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