日向市に秋の訪れを告げる「日向十五夜祭」が10月8日、開幕した。9日までの2日間、日向市駅前交流広場をメーン会場に、上町から南町までの商店街通りを歩行者天国にして、多彩なイベントがある。


富高の八幡神社(三尾隆平宮司)の秋の例祭を起源とする伝統の祭り。初日は好天に恵まれ、八幡神社で祈願祭が行われ、厄年の男衆が担ぐ御輿(みこし)が繰り出し、五穀豊穣(ほうじょう)・商売繁盛や東日本大震災の復興を願った。
交流広場の野外ステージで、同市在住の書家・今村桃甫さんが、今年のテーマである「維新伝心」を大きなキャンパスに描いて祭りを盛り上げ。午後1時前、神輿が駅前交流広場に到着し、出陣式が始まった。
実行委員長の明神勝彦さんが、「日向市民の心に残るような、けして派手ではないが粋な祭りにしたい。この2日間、厄年の方々もケガがないように無事に過ごし、楽しい十五祭にしてもらいたい」とあいさつ。今年の中厄会の塩谷栄誠代表が黒木健二市長に東日本大震災への義援金を手渡した。
神楽奉納に続き、入り厄、中厄、ハレ厄の担ぎ手が、それぞれに神輿を揺すってパフォーマンス。もちまきの後、神輿は再びまちなかへと繰り出した。


太鼓やダンスなどのステージイベント、各舞踊隊による総踊り、創作神輿パレードもあり、沿道の見物客を楽しませた。宮銀スクエアでは、被災した宮城県気仙沼獲れのサンマと日向市特産・平兵衛酢をセットにしての振る舞い、東日本大震災被災地を支援する物産市もあった。
最終日の9日は、午後1時に十五夜みこしが市役所前をスタート。ステージイベントは同2時から同9時まで行われ、創作神輿や舞踏隊のパレードもある。
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日向十五夜祭は、富高の八幡神社の祭礼が起源と言われている。社伝によれば、創建は鎌倉時代の元暦年間(1184-1185年)にさかのぼる。
壇ノ浦の戦いに敗れた平家一族を追って、日向国に来た源氏の将・工藤祐経と那須与一が、戦勝を祈願して、鎌倉の鶴岡八幡宮の分身を勧請した、と伝えられている。
「十五夜祭」の名称は、鶴岡八幡宮の大祭が、8月15日(陰暦)であって「中秋の名月」「十五夜さん」「十五夜祭」と変わっていった。
八幡神社で神事・神霊を移した御輿は若者に担がれ、町筋の主なところで御輿は休んで神事を繰り返し、富高川と塩見川の交差するところの宝蔵ケ島(ほうぞうがしま)にお浜出(おはまいで)するのが重要な儀式だったという。
明治時代は下駄(げた)や傘の露店が多く並んだことから「下駄祭」「傘祭」とも呼ばれたという。そのため、今年は和傘と竹灯籠を融合させた演出も行われた。
















