ロッククライミングの聖地、延岡市北方町菅原の比叡山で9月24日、「1峰南面初登攀(とうはん)50周年記念ロッククライミング」が開かれた。福岡、熊本、鹿児島など九州各県から約70人のクライマーが集結し、記念クライミングや講演会・懇親会を通して、半世紀前の偉業をたたえ、九州を代表する聖地をアピールした。
国の名勝に指定されている比叡山(山頂918メートル、1峰710メートル)には3つの岩峰があり、九州を代表するロッククライミングスポットとして知られている。その道筋を開いたのが、佐藤徳守さん、竹野正人さん、三澤澄男さん(72)という3人のクライマーで、まだ道路が未整備で、装備も不十分だった昭和36年(1961)9月23日、1峰南面からの登攀に成功した。
3人のうち佐藤さんと竹野さんは故人となったものの、三澤さんは今も現役のクライマーとして活動を続けながら、北方町上鹿川で登山者の拠点「庵・鹿川」を運営している。


今回の記念クライミングは、「県道からすぐ登れる日本で唯一の200メートル岸壁」と言われる比叡山1峰を、さらに多くの人に知ってもらうことで、“アウトドア天国・延岡”をアピールしようと「庵・鹿川」が主催して開いた。
記念クライミングには県内外から集まったクライマー66人に、地元のマスコミ関係者らを加えた約80人が参加。午前11時半から開会式が行われ、「庵・鹿川」サブオーナーの生田真也さん(60)=熊本市=が「比叡山は非常に魅力ある山。こんな県道からすぐ登れる200メートルの岸壁は、日本には他になく、“日本一の岩場”じゃないかと思う。ぜひこの機会に、この岩場を全国に広めて、たくさんのクライマーに来てもらいたい」とあいさつ。麻製のザイルや鉄製のカラビナを使っていた50年前の登山スタイルが紹介された。
この後、三澤さんがパートナーの工藤利光さん(63)=宮崎市=とともに、1峰南面のとりつきから登攀開始。他の参加者も2人1組で次々に岩場にとりつき、爽快感を味わいながら黙々と山頂を目指した。

下山後は、近くの菅原公民館に会場を移し、三澤さんが「比叡山の岩場の開拓小史」の演題で講演した。地元民を交えての懇親会もあった。

















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