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「新延岡百景」~小嶋政一郎氏をしのぶ~(100)土々呂港②(最終回)  
By 0982.TV On 27 4月, 2010 At 10:36 AM | Categorized As 延岡市, 延岡百景, 新着ニュース, 県北百景 | With 2 Comments

e59c9fe38085e59182e6b8af1 土々呂漁港は戦後しばらく、今のような立派な岸壁はなく砂浜海岸の状態だった。その北に続く砂浜は、土々呂海水浴場として、夏はイモの子を洗うような海水浴客でにぎわった。現在は一部が土々呂臨海公園として整備されている。

 

 海水浴場の近くを通る日豊本線には、廃枕木の枠に石炭ガラを敷き詰めた長さ30メートルほどの短いプラットホームが設けられ、海水浴期間中は臨時停車場になっていた。いかに海水浴に訪れる人が多かったかがわかる。

 

旧土々呂海水浴場(左)と土々呂臨海公園(右)

旧土々呂海水浴場(左)と土々呂臨海公園(右)

 最盛期の昭和30年ごろは、海の家がズラリと並び、貸しボート、貸し浮き輪の商売も繁盛した。延岡市の商工観光課や観光協会も、「ナシの皮むき競争」「宝探し」などのゲームで、家族連れをよろこばせた。

 

 しかし、海水浴場のにぎわいが下火になると、汽車も臨時停車しなくなった。その後もプラットホームは、昭和50年ごろまで残っていた。

 

 以前は日豊本線の西側を通る道路が国道10号線だった。海水浴帰り、臨時停車する汽車に間に合わなかったときなどは、線路を渡って宮崎交通の「土々呂海水浴場前」バス停からバスに乗った記憶のある人も多いと思う。

 

写真中央を通るのが国道10号線。中央の小高い山は霧嶋山。霧嶋神社がある

写真中央を通るのが国道10号線。中央の小高い山は霧嶋山。霧嶋神社がある

 余談だが、延岡方面へ向かうバスは「延岡」行き、日向方面への多くは「富高」行きだった。「宮崎」行きはすべて急行バス(後に特急バス)で、海水浴場バス停には停車していなかった。その後、宮崎行きのバスは廃止された。

 

 バスは列車より時間も料金もかかったが、宮崎市のど真ん中、橘通のバス停に横付けしていたので、便利がよかった。高速道路(東九州自動車道)が開通したら、宮崎行き特急バス(高速バス)の復活、あるいは新たに都城行きなどが運行されるかもしれない。

 

 土々呂漁港の南に広がる入り江は、妙見湾。「妙見」という地名は全国至るところにある。北辰(北極星)妙見信仰、妙見菩薩に由来するもので、妙見湾入り口に架かる妙見橋を鯛名方向に渡ってすぐ右側に、妙見神社がある。橋を渡った左側は三松公園(緑地)になっている。

 

土々呂漁港の対岸にある鯛名漁港

土々呂漁港の対岸にある鯛名漁港

 土々呂漁港の向かい側にあるのは、鯛名漁港。現在は延岡市漁業協同組合(本所・土々呂)の鯛名支所がある。港は狭いが、波静かな天然の良港になっている。ただ、港に沿って並ぶ住宅は海面からの高さが平均1.1メートルしかなく、高潮や津波など、海水の浸入を防ぐための防波扉が設置されている。

 

 鯛名町の東に位置するもう一つの漁港は、赤水漁港。ブリ大尽で知られる日高亀市翁がでたところである。現在も赤水町の東側、遠見半島の沖には、大型の定置網が仕掛けられている。

 

 土々呂湾の奥、土々呂漁港と鯛名・赤水漁港を結ぶ道路に沿って、タンクが並んでいた旭化成の石油基地は、今は土々呂湾の北側、新浜町の延岡新港に移っている。

 

 土々呂旧市街の町並みは、50年前の航空写真と見比べても、大きく変わったところはないが、土々呂駅周辺は、工場や住宅などで埋まり、田んぼや畑を探すのが難しいほど変わってしまった。これも時代の流れである。

 

 「延岡百景 今と昔」の著者・小嶋政一郎さんがおられたら、ここ3、40年間の延岡の変わりように、さぞ驚かれることだろう。 

(完)

 
 
 

Displaying 3 Comments
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  1. なかよし より:

    妙見に1年住んでいました、海水浴シーズンの、あの賑わいはもうみれなくなったのですね?寂しいかぎりです。三松公園には毎日行きました、夕方にはイサキ釣りよくしたものです、スズキが掛かるときもあり、ギュウギュウやふぐ、うなぎも掛かりました、楽しい1年でした。三松公園から、土土ロ湾一帯のスケッチもしました。よき想い出の場所です。

  2. トヨタネ より:

    「私のホームページの中の「50年前の生活と遊び」に往時の土々呂海水浴場の写真があります。
    http://www16,ocn,ne,jp/~

    海水浴に貝掘りとイッパイ土々呂には思い出を頂きました。 
    マテ貝が採れたのはどの当りだったのだろうか。漁協が近くに有ったような、今の高橋水産辺りだったのだろうか。だいぶ浜部の南にあったような気もするけど。
    そこでバッタリ幼馴染の日高の直ちゃん(出北)に出っくわしたのが忘れられない。

    海水浴で飛び込み台、海の家、ボートが有ったのも生々しく思い出します。

    海水浴が出来なくなったのが残念です。

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