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2010年3月8日
有志らが峠道を復旧 「天の古道」を歩き初め 高千穂町岩戸~日之影町見立

e5b3a0efbc90efbc91 かつて高千穂町岩戸と日之影町見立を結んでいた峠道「湾洞(わんず)越」を、両地区の有志らが復旧整備し、3月7日に「初歩き」が行われた。小雨の降るあいにくの天気となったが、両地区から100人以上が参加し、あの西郷さんにも縁のある古道の歩き初めを楽しんだ。

 

e5b3a0efbc90efbc92 湾洞越え(標高1010メートル)は、高千穂・日之影町境の二ツ岳(1257メートル)と猿岳(847メートル)の中程を越える峠道で、かつては高千穂町岩戸地区と日之影町見立地区とをむすんだ生活道のひとつだった。昭和31年に日之影町に編入されるまで、見立地区は当時の岩戸村に属していたこともあり、両地区のつながりは深い。ただ、現在では行政上分離されたうえ、交通のあり方が変わったことで行き来する人も減り、道は荒れ半ば廃道と化した。

 

 

e5b3a0efbc90efbc93 この峠道の復活を試みたのは、見立地区と岩戸地区の住民有志たち。地域の活性化や観光客誘致の一助になればと、昨年から道の整備に取りかかり、草切りや倒木の除去、道標の設置などに汗を流して来た。およそ50年ぶりに完全復旧したという見立仲組集落から天岩戸神社に至る約11キロの道には、新たに「天の古道(あまのこどう)」の名が用意された。

 
e5b3a0efbc90efbc94 7日に行われた古道の「初歩き」には広く参加が呼びかけられ、地元の子供たちなどを含む総勢100名余りが参加。小雨の降る中、見立側からと岩戸側からの二手に分かれて歴史ある峠道を辿った。

 

 

e5b3a0efbc90efbc95 実はこの峠道、あの「西郷さん」にも縁があるという。明治10年の西南戦争で九州各地の戦で官軍に敗北し、同年8月に北川俵野(現延岡市)で軍を解散した薩摩軍の西郷隆盛と敗残兵たちは、山を越えながら鹿川、見立、岩戸、三田井、山附、三ケ所、諸塚を経て鹿児島方面へと敗走した。ここ湾洞越えはその敗走ルートの一部であり、歴史愛好家にとっては魅力ある古道となるかもしれない。今後、さらに整備が進む事に期待したい。

 

「天の古道」の概要は下記の通り。

(日之影町見立から)
○見立仲組の川中集落~湾洞峠…約4キロ。登り2-3時間。

e5b3a0efbc90efbc96(高千穂町岩戸から)
○天岩戸神社~上永之内集落~赤水(入口標柱)…約5キロ。集落までは舗装路、その先は悪路の林道。小型の4WD車などであれば赤水付近まで侵入可。徒歩だと1.5-2時間程度。
○岩戸の赤水~湾洞峠…約2キロ。登り1.5-2時間。

 

(注意)上記の所要時間はあくまで目安のため、時間には余裕を持って。ルートの多くが本格的な山道のため、トレッキングシューズ、雨具などの山歩きの装備が必要。目印のテープなどが設置されているが、迷いやすいポイントも散見されるため、ルートの見定めは慎重に。





1件のコメントがあります。

  1. 2010-03-10 : 担当記者

    天の古道について追記しておきます。
    この古道についての問合せ先は、民間の観光会社である延陵観光さんとなっています。

    延陵観光
    http://www.enryo.co.jp/
    電話 0982・72・4636/FAX 0982・72・5081
    メール kanko@enryo.co.jp

    同社はツアー等の企画、貸切バス運行、レンタカー貸出しなどを行っている会社です。現状では古道の状態などに関しては即答できかねる場合があるようです。ご注意ください。


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