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県北よもやま…⑳   日向の2つの灯台
By 0982.TV On 1 11月, 2008 At 08:24 PM | Categorized As コラム, 県北よもやま | With 0 Comments

 11月1日は「灯台記念日」。明治元年(1868)11月1日、神奈川県横須賀市の日本最初の洋式灯台、観音崎灯台が着工された日である。

 

 

  11月1日は「灯台記念日」。明治元年(1868)11月1日、神奈川県横須賀市の日本最初の洋式灯台、観音崎灯台が着工された日である。 県北では、日向市美々津の七つバエにある美々津灯台がよく知られている。ここには、神武天皇東征のとき、七つバエの島と島の間を通って船出し、二度と日向の国に戻ってこられなかったという伝説がある。このため、地元の漁師たちは、七つバエの間を抜けて沖へ出ることはない。

 

 この灯台、設置されたのは昭和9年(1934)と、比較的新しく「みひかりの灯」とも呼ばれている。七つバエは良好な釣り場としても知られ、また、向かい合う石並海岸から見た景色は素晴らしく、美々津観光のポイントの1つ。 昭和5年(1930)10月27日、 石並海岸を訪れた漂泊の俳人・種田山頭火は 「墓がならんでそこまで波がおしよせて」 の句を残している。

 

 もう1つ忘れてならない灯台は、やはり日向市の細島灯台である。初点灯は明治43年(1910)5月10日だから、間もなく100歳。江戸時代は、日本式灯台ともいうべき「常夜灯」があったようだ。

 

 日向岬の一角、海面から101メートルの高遠見山のてっぺんに、白塗りの高さ11.4メートルの灯台がデンと建っており、 光は36キロ先まで届く。現在の建物は、昭和16年(1941)11月10日、細島青年団の勤労奉仕で造られ、平成3年(1991)に改良工事が行われている。管理者は宮崎海上保安部。

 

 細島灯台は、過去何度も災難に遭っている。まず、初点灯の年に火災を起こし、焼失している。当時は木造だった。次は太平洋戦争のとき、米軍戦闘機の機銃掃射を受け、鎧(よろい)戸のようなギザギザの大事なレンズを破損している。

 

 終戦直後の昭和20年(1945)9月17日には、「枕崎台風」に襲わた。 このとき、 ロビンソン風速計の風杯(ふうはい=風を受けるおわん)が、モーレツな風を受けて吹き飛んでいる。

 

 最大瞬間風速は、なんと75.5メートル。風杯が吹き飛んだため、未公認の日本記録として扱われたうえに、当時の気象庁は「こんな強い風はありえない」として、この記録を信用しなかったといわれる。ちなみに日本記録は、昭和41年(1966)9月5日、 沖縄県宮古島で観測された85.3メートル。もし、細島灯台の風速計がアクシデントに見舞われていなかったなら、宮古島の記録を上回っていたかもしれない。

 

 現在は、 無人の気象海象情報観測所になっているが、 昭和30年代までは、観測所(灯台)の職員が常駐する滞在型灯台だった。灯台のすぐ北側には、木造の職員宿舎もあった。平成18年(2006)11月12日、長崎県の女島(めしま)灯台を最後に、日本のすべての灯台は無人化された。余談だが、女島灯台は映画「喜びも悲しみも幾歳月」の舞台にもなっている。

 

 細島灯台は、日向岬入口駐車場から徒歩数分の距離。眼下は日向灘、近くに「馬ケ背」、「クルスの海」などの景勝地のほか、「黒田の家臣」といった史跡もある。

 

 それはともかく、航海の安全を守ってきた美々津、細島の灯台をはじめ、全国の灯台に感謝。

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